走り続ける理由が、ここにある。
筑波サーキットの朝は、いつも独特の空気で満ちている。
雲ひとつない快晴の空の下、エンジン音が遠くから重なり合って響き始めた。
“テイスト・オブ・ツクバ(T.O.T)”――このイベント名を聞くだけで、胸が高鳴る人は多いだろう。
それは、ただの草レースではない。旧車と現行車、プロとアマ、ベテランと若手――世代もマシンも垣根を超えて、走ることそのものを愛する人たちが集まる“聖地”なのだ。
■ レジェンドと現役が交差する瞬間
午前8時、ピットロードに並ぶのは、かつての“名車”たち。
Z1、CB-F、GSX-R油冷、FZR、そしてZEPHYRやCB1100Rまで。
ボディには無数の走行跡、排気管には焼け色、タンクの上にはそれぞれのストーリーがある。
「このバイクでまた走れるのが、最高なんですよ。」
そう話すのはT.O.T常連の50代ライダー。
キャブセッティングを微調整しながら、ピット内はまるで80年代にタイムスリップしたようだ。
最新型のスーパースポーツが並ぶ昨今のサーキットとは、まったく違う“温度”がここにはある。
それは“戦い”よりも“再会”に近い。走りを通して、あの頃の自分と再び出会う場所。
■ 「ゼロヨン」的スタート ― 魂が震えるサウンド
スタート5秒前。
観客席が静まり返り、緊張の空気が張りつめる。
赤ランプが消えた瞬間、まるでサーキット全体が爆発したかのようにエンジンが咆哮する。
ゼロヨンのようなスタートスプリントに、観客が一斉に身を乗り出す。
筑波サーキットはコース全長2.045km。短いが、テクニカルで密度が高い。
1コーナーのブレーキング勝負、最終コーナー立ち上がりの“ツクバ特有の駆け引き”が、ここでしか見られない。
「1周目の混戦は、ほんとに息が止まる。」
そう語る観客の目も真剣だ。見ているだけで体が反応する――それがT.O.Tの魅力。
■ 旧車たちの「進化」― 当時を超えるセッティング
T.O.Tは「旧車レース」と言われることが多い。
だが、実際のマシンを見れば、その“古さ”に驚くどころか、むしろ最新技術の集大成に見える。
フレーム補強、サスのモダン化、ECU制御、そして各メーカーの最新タイヤが履かれている。
「昔のバイクに現代の足回りを入れる。これが一番奥が深い。」
というメカニックの言葉が象徴的だ。
特に注目はタイヤの進化。
ブリヂストンBATTLAX R11、ピレリーDIABLO SUPERCORSA V4、DUNLOP SPORTS MAXなど、
各ブランドがT.O.T向けに最適化したセットアップを持ち込む。
グリップと寿命、そして発熱特性のバランスを探るのも、ライダーの腕の見せ所だ。
■ ピット裏のドラマ ― “走る理由”がある人たち
テントの下では、エンジンの音よりも人の笑い声が響く。
走り終えたばかりのライダー同士が、グローブ越しに握手を交わす。
勝った負けたよりも、「今日も走れた」ことを喜び合う姿が、T.O.Tの本質だ。
あるライダーはこう語る。
「仕事も家庭もあるけど、ここに来ると“自分”に戻れるんですよ。
速さじゃなくて、生き方を取り戻す感覚です。」
それは、多くの人に共通している想いかもしれない。
テイスト・オブ・ツクバは、単なるレースイベントではなく、“人生のピットイン”のような場所なのだ。
■ 観戦者にも伝わる“熱”
グランドスタンドでは、カメラを構えたファンたちが一斉にシャッターを切る。
マシンの種類も観客層も幅広く、若者から年配まで。
親子連れで来ている姿も多く見られた。
「父が昔走っていたんですよ」と話す息子と、嬉しそうに頷く父。
世代を超えて“走る心”が受け継がれていく。
T.O.Tが特別なのは、その“継承”が目に見えることだ。
だからこそ、毎回の開催が“物語の続き”になっている。
■ 次の筑波へ ― “走り続ける理由”
夕方、コースに夕陽が差し込み、撤収を始めるピットの空気が少し寂しい。
だが、誰の表情にも“やり切った”笑顔がある。
このイベントに集まる人たちは、勝利や記録よりも“自分の走り”に意味を見出している。
それが、テイスト・オブ・ツクバというイベントの本当の価値だ。
また、秋には「テイスト・オブ・ツクバ 神楽月の陣」が開催予定だという。
その日まで、各ライダーの“ピットガレージの物語”は続く。
🏍️ 編集後記
T.O.Tの魅力は、スピードだけでなく「人とバイクの関係性」にある。
新旧マシンが共存し、プロもアマも同じ土俵で走るこの舞台。
そこにあるのは“懐かしさ”ではなく、“進化し続ける情熱”だ。